僕はフィンランドのスウェーデン語圏でただいま留学中ですが、こうして海外留学の身となると、実際に留学に行く前や一時帰国の時、それから現地滞在中でも、自分以外の海外在住者とお話したり、これから海外に行こうとしている人から質問されたりする事があります。
話の内容は人それぞれです。お互いに今後の展望を語り合ったり、相談事に乗ったり。既に大まかな方向性が決まっている人は後は突き進むだけだから話はわかりやすいのですが、相談系の話の時にはお節介ながらも「うーん、大丈夫かな?」と思ってしまう事があります。というのも、
「なぜそこに行くのか?」
がいまいちよくわからない事があるからなんですね。
以下にもう少し詳しく見ていきましょう。
【なぜ留学or移住したいのか?】
僕が今まで話してきた「留学や移住をしたい」という人の中には、単純に
「日本での就活を有利にしたい」
という理由で、大学在学中に休学するなり交換留学を利用するなりして留学し、新卒の肩書を捨てずに「留学経験あり」というスペックを上乗せして就活に臨む、という人もいます。
このような人たちはある意味わかりやすいです。行く前から既に
「日本企業での就職」
というゴール地点が定まっており、そこに行くまでのレールも薄っすらどころかはっきりと見えているからです。
でもその一方で、
「日本社会が嫌だから出ていきたい。だから留学or移住したい」
という人も一定数いるのですね。
まぁ、気持ちはわかります。
僕も日本で働いていた時にはブラックな職場でサービス残業月100時間超えも経験しました。自分が嫌な思いをするのみならず、同僚の先輩が他の先輩に嫌がらせを受けている所を見てしまった事もあります。
こういうブラックな職場体験は本当に日本各地であらゆる業種で聞きます。
・アパレル
・医療
・教育
・IT
・運送業
・建築
・飲食店
・広告
・証券
・テレビ業界
などなど、ブラックな職場のない業界は日本に存在しないのではないかと思えるほどです。
これはもはや「社会全体に蔓延した病」なのだと思います。なので、
「よりよい環境を追い求めたい」
という気持ちが湧く事自体はむしろ自然な事だと思うのです。
言ってみれば転職みたいなもんです。
日本を出るつもりなんて1ミリもないというあなただって、この先転職は1回たりともしないと100%の自信を持っては言えないでしょう。
転職だって、「何らかの事情で引っ越しをしなければいけなくなり、距離的に通えないから、大好きな職場だったけど泣く泣く辞めた」みたいな例外はおいといて、大抵の場合は突き詰めて言えば
「今の職場に不満がある」(給料、労働環境、人間関係、自己実現などにおいて)
からではないでしょうか。
なので、環境を変えたいという点では、やってる事の本質は転職も海外移住もあんま変わんなかったりします。ただその規模が違うだけだという。
だから「日本を出たい」という事自体には反対するつもりはありません。それでも、
「もうちょっと考えた方がいいんじゃない?」
と待ったをかけたくなる場合があります。戦略が不安な場合がけっこうあるからです。
【なぜその行き先なのか?】
「日本の雰囲気が嫌だ」という人に、ではどこに行きたいのかと聞いてみると、とりあえず出てくるのが
「アメリカの大学」
だったりします。で、なぜアメリカの大学がいいのかと聞くと、
「日本の大学生と違って、学生たちが目標に向かって真面目に勉強してるから」
というのです。
まぁたしかに、巷には
「日本の大学は遊び放題」
「アメリカの大学は勉強ガッツリ」
というイメージはあるかもしれませんが、それだけでは「アメリカじゃなきゃダメ」な理由としては弱いと思います。
アメリカの大学でメッチャ勉強しなきゃいけないのは、基本的に「一定以上のレベルの優秀な大学」です。逆に、日本で落ちこぼれな学生でもビックリなレベルの「ド底辺大学」もあるわけです。アメリカは良くも悪くも日本以上の超格差社会ですから。
確かにハーバード大学とかスタンフォード大学とかだと、目ん玉飛び出るぐらい優秀な連中がゴロゴロいますが、国民の平均的な教育レベルでいえば、むしろアメリカより日本のが上だと思います。実際、国際学力調査ではアメリカの平均的な学力はトップ10に全く届いていない。逆に日本は分野にもよりますがトップ10には入ってます。
なので、ある程度以上のレベルの教育機関でなければ、アメリカ留学って実はあんまり行く価値ないと思うんですよ。
「どうしてもハーバード大学の〇〇学部に入って、〇〇の勉強がしたいんです!」
とかみたいな場合ならわかります。他にも、「アメリカでなければできない何か」があるのであれば、「アメリカじゃなきゃダメ」となりますが、そうでないのなら、アメリカに拘らなくたっていいじゃないですか。何でカナダじゃダメなの?何でオーストラリアとかニュージーランドじゃダメなの?と普通に疑問に思うわけですよ。
アメリカは学費が高いだけじゃなくて留学生のバイト禁止だから、オーストラリアとかみたいに現地で働きながら学費や生活費の足しにするみたいな戦法も使えません。
しかも、アメリカは日本人をはじめとしたアジア人はおろか、EU国籍を持つ人間ですら、労働ビザは滅多に出ないです。現在アメリカに滞在中のフィンランド人の知人と先日スカイプで話したのですが、彼も
「仮にアメリカの企業から欲しがられても、アメリカ合衆国という国がビザを出してくれるかは別問題。よっぽど優秀な人材でもビザが下りる確率は30%ぐらいだろう」
と言ってました。これ、「よっぽど優秀な人材でも」ですからね。ハーバードとかみたいなレベルの人材ですよ。んで、その「よっぽど優秀」じゃなかったら30%すらもないわけです。
だからアメリカに行くと、現地人と結婚でもしない限り、ほぼ100%の確率でいずれはアメリカから出なければいけない事になります。なので、もし「あわよくば海外移住したい」と考えている人は、アメリカ留学に行くのならその辺は覚悟しておいた方がよいでしょう。
「留学を終えたらもうアメリカにはそれ以上留まらない」
と決めているのなら、別にアメリカを留学先に選んでもよいかと思われます。
【「なぜ」の次は「どうやって」を考える】
さて、留学先や移住先の候補として、ビザなどの問題を考慮に入れた上でも「よさげ」な国を選べたとします。それでも、今度は留学や移住の方法論に不安が見られる場合があるのですね。
例えば、オーストラリアとか北欧に移住したい日本人がいます。そこで移住の方法としてよく出てくるのが、
「日本人である事を利用した仕事をゲットする事」
なのですね。
日本語教師だったり、すし職人になったり、その他日系企業に就職するなどです。
これもちょっと立ち止まって考えるべき所だと思うんですよ。
純粋に
「〇〇の国の人たちに日本語や日本の文化に興味を持ってもらいたい!」
「〇〇の国にぜひ寿司を広めたい!」
みたいに、その仕事そのものに熱意がある場合はそれでいいと思います。
また、例えばお子さんがいるとかで、
「自分の労働環境はどんなに悪くてもいいから、自分の子供にはぜひこの国の教育を受けさせたい!」
みたいな場合も、日系の仕事はありだと思います。
でも、もし
「日本社会の雰囲気が嫌で出ていきたい」
というのが理由で海外移住するのなら、「日本人である事を利用した仕事」に就くのはリスクが高い可能性があるのです。
だって、そういう日系の職場で働いているのは日本人なわけですよ。もちろん現地人の従業員もいるだろうけど、日本人はいるでしょう。仮に日本人が自分以外に1人もいなくても、オーナーが韓国人だったり中国人だったりするケースも少なくありません。そうなれば、職場の上司と部下の関係は日本と比べて大して変わらんでしょう。
だから
「海外に住んでるのに職場の雰囲気は日本のまま」
という事だって普通にあるわけです。
実際、僕の友人の中にもアメリカの日系企業で一時期就職できた人がいますが、彼も思いっきり日本のブラック企業と同じようなパワハラを受けていたそうです。
「俺はね(ドン!)、君みたいなね(ドン!)、無能なヤツはね(ドン!)、初めてなんだよ!(ドン!)」
と、句読点ごとにいちいち机をバンバン叩かれながら罵声を毎日のように浴びせられ、精神的におかしくなって入院まで追い込まれたそうです。しかも日本みたいな雇用の守られ方をしてなくて一方的に理不尽にクビにされ、
「クビになったのは僕がバカで無能だからです。会社には一切の責任はありません」
みたいな誓約書まで書かされたそうです。
さてここで、
「ちょっと待て、日系企業にだって労働環境が良くて雰囲気もいい職場はあるはずじゃないか!」
という反論がきそうですね。
はい、たしかに海外にある日系企業にはホワイトな会社もありますよ。でもね、
「ブラック企業が嫌だから海外に出てきて、そこで日系のホワイト企業を探す」
のであれば、
「最初から日本国内でホワイト企業を探した方がよっぽど早い」
のではないですか?と思うのですよ。日本にだってホワイト企業ありますからね。
この「〇〇人である事を利用して海外移住する」というのは当たればこれほど手っ取り早いものはありませんが、職場がブラックだった時に本当に大変です。
スウェーデンでも、タイマッサージ店で働いているタイ人女性がタイ人のオーナーにロクに給料を払われず飼い殺し状態にされており、普通のマッサージの仕事に加え、客に自ら性的サービスをも持ちかけてそれで余分にチップを稼がないと生きていくことすらままならないという非常に過酷な労働環境にいる人もいます。
スウェーデンにいるのにスウェーデンの労働法はガン無視。誰も摘発してくれない。他に働ける場所がないから我慢してここにしがみつくしかない。タイにいた方がまだマシだったのではないかという。こういうケースはどこの国でも少なからず存在します。
その反面、「日本人である事と関係ない仕事」は日本の外に出ても就職に強いです。
例えば、オーストラリアの学校で数学の先生として採用された日本人がいます。数学の教え方は上手だし、英語も喋れるし、現地のオーストラリア人生徒からも人気で人柄的にも信頼できるし、「ぜひうちの学校に来てくれ」と言われたそうです。
これ、数学だからこんなに上手くいったんですね。僕が教員時代に担当していた英語とかだとこうはいかない。「日本の高校で英語の先生やってました」っていってオーストラリアの学校で教員として雇ってもらえるかというと、んなもん無理に決まってます。これは国語科の先生も社会科も同じです。日本から出たとたんに効力が消えますから。
でも数学なら世界共通ですからね。日本では1+1が2なのに、中国ではなぜか途中でピンハネされて1.8にしかならない、なんて事はない。1+1は世界中どこでも2であり、他の複雑な数式でも、過程が同じであれば答えは必ず同じになります。
だから現地語ができて、雇用主に「欲しい人材」として認められ、ビザの制度上もOKであればこの戦法は他の国でも通用するでしょう。理科の先生でも、条件が揃えばこの数学の先生と同じ事ができるかもしれません。
これは海外就職において、学校の先生に限らず民間企業での就職にも当てはまります。国境をまたいで通用する普遍的なスキルであればあるほど、幅広い範囲で通用するし、仕事をゲットできる可能性は上がるのです。
【僕がIT系の学部を選んだ理由】
で、僕がフィンランド留学での学部にITを選んだ理由がまさにこれです。先ほどの数学の先生の例のように、プログラミング言語のスキルは世界中のどこでも同じように通用しますから。
僕は日本人としては英語力は高い方ですが、フィンランドには僕と同等以上のレベルで英語を使いこなせる人間など掃いて捨てるほどにいます。だから英語力なんて何のスキルアピールにもならない。むしろ僕はスウェーデン語やフィンランド語は第3~4言語であるのに対し、スウェーデン人やフィンランド人はネイティブ言語として使いこなす。どう考えたって語学力の部分で不利になります。
「日本語を話せる」という事に頼らずに外国で仕事をゲットするには、世界のどこでも通用するスキルを身につけるのが一番の近道です。
フィンランドも今はプログラマー不足らしく、需要はかなりあるとの事と聞いています。さらにオーランド大学はインターンシップが必須科目としてカリキュラムに組み込まれているので、自動的にプログラミング関連の就業経験が積めるというのも魅力的でした。
しかも、先ほども述べたようにプログラミング言語のスキルは世界共通なので、もしフィンランドで就活に失敗して日本に帰る事になったとしても、その技術はそのまま日本に持ち帰る事ができます。どう転んでも勉強が無駄にならないわけですね。
加えてフィンランドの大学は現地語で勉強するならEU国籍を持たない外国人でも学費無料というありがたいシステムになっていたので、社会人になってから何年か働いて作った貯金でもなんとかなりました。
これだけの条件が揃っていたからこそ、僕はフィンランドの4年制大学に入り直すという、傍目から見れば
「かなり思い切った事」
のように見える事をやろうと決断できたのです。リスクらしきものが見当たらないと。ていうかむしろここで挑戦しない事によって生じる機会損失の方がよっぽど大きいぞ、と僕は判断したのでした。
【海外留学や移住計画には柔軟性が大事】
留学にしても移住計画にしても、海外に住む場合に重要となってくるのは
「柔軟性」
です。
この先どんな展開になっても対応できるように、四方八方へ可能性を残しておく。
留学後は絶対日本へ帰ると思っていたのに、いざ帰国日が近づいたらまだ現地にいたいと思うようになっているかもしれません。
逆に、完全移住を目指して乗り込んできたのに、「やっぱり日本がいいや」と気が変わってしまう人もいるかもしれないし、本人の移住の意志は固くても、肝心のビザが下りずに帰国やむなし、となってしまうかもしれません。
結局の所、将来がどうなるかなんて完璧には予測できないのだから、
「これしかやらない!」
と決めてかかるよりも、
「どんな状況にも対応できる柔軟性」
を持たせておく事が、長い目で見れば
「最も安全で手堅い生き方」
であるとも言えると思います。
なので、僕の北欧留学って一見
「リスクを顧みない無鉄砲野郎」
みたいに思われるかもしれないんですけど、実はその逆で、
「安全係数を取って安全と判断したものにのみGOサインを出す」
という、むしろある意味
「安定志向の日本人的な発想」
なのかもしれません。