プログラミング学習に年齢の限界は本当にあるのか?

最近、日本でプログラミング学習に対する関心が高まっているようですね。業界内では慢性的にプログラマーが不足しており、需要に対して供給が追い付いていないようで、今IT業界では空前の売り手市場だそうな。

これからプログラミングを学習しようという人たちの中には、これから大学に入る10代の人ばかりではなく、既に20代後半や30代に入っている人も大勢います。かくいう僕も、現在留学中のフィンランド・オーランド諸島に引っ越して来た2017年8月時点で28歳と、プログラミング学習を始める年齢としては遅めの方です。

僕は多くの日本人と同じく高校卒業後に18歳で日本の4年制大学に入り、22歳で卒業してます。いったん日本で就職し、しばらく働いてからフィンランドでまた4年制大学に入り直すという道を選んだのですが、日本を出る前の時点でいろんな人と会い、「これから北欧の大学にITを勉強しにいく」という話をすると、たまにこんな事を言ってくる人がいました。

「プログラミングって30歳を過ぎると覚えにくくなるから、大変だと思いますよ」

僕の経験上は、こういう事を言ってくるのって、大人数の飲み会などでその日知り合ったばかりの人だったりします。しかも大して親しい中になったわけでもないのに、これから新しい事に挑戦しようという人に対してよくこういうネガティブな事を言えるもんだなと思ったものです。まあ言った本人に悪気はないのかもしれませんが。

でも実際の所、

「プログラミング学習は一定の年齢を過ぎてからだと挫折率が高くなる」とか、
「プログラマー35歳限界説」

みたいな説は本当なのでしょうか?

本日の記事ではこの事について少し考えてみようと思います。


【35歳でプログラミングを始めたクラスメイト】

僕はフィンランドのオーランド大学に1年生として入ってきた時点で28歳でした。大学入学時で28歳というと、日本ではかなり遅いように聞こえるかもしれませんが、ここフィンランドではそうでもありません。

もちろん、高校卒業してから19歳で入学してきた子も何人かいました。

(フィンランドでは高校卒業後すぐに18歳で大学入学するのは稀で、1年間ぐらいバイト生活したり国外でワーキングホリデーをやったりして「ギャップイヤー」を過ごすのが普通)

他には25歳ぐらいの人もけっこういたので、一応僕はクラスメイトと比べても年齢はやや高めだったのですが、30歳超えも普通にいました。

最年長は、入学時で35歳だった人。彼は入学時点でプログラミング未経験だったのですが、地道な勉強の積み重ねでメキメキと力をつけ、僕のクラスメイトの中では優秀な方の学生の内の1人となっています。

ちなみに、他の大学はどうなのか知りませんが、ここオーランド大学のIT科の学部には毎年大体25人ぐらいが入学してきて、1年目が終わる事までには約半数が脱落します。他の学部に移ったり、大学そのものを辞めたり。毎年恒例らしいです。実際、僕のクラスメイトで生き残っているのは12~13人ぐらい。今僕の住んでいるアパートでルームメイトの子は去年の8月にIT学部に入ってきており、僕より1学年下の後輩にあたるのですが、彼のクラスメイトも大学1年目がもうすぐ終わる5月の時点でやはり既に半分ぐらいが脱落しているそうです。

このように、10代後半や20代前半の学生でもボトボトとドロップアウトしている厳しい学部でも優秀な学生のポジションを確保できている上述の「学習開始時35歳の彼」は、非常に頑張っている方だと言えるでしょう。ちなみに1年後輩の僕のルームメイトのクラスメイトの最年長は38歳の女性で、彼女も優秀な部類に入っているそうです。

こうして僕自身の身近な例を見てみると、30歳とか35歳を超えているからといって、授業についていけない時にそれが直接の原因と言えるのかというと、あまり説得力がない気がしてきます。繰り返しますが、脱落する人は19歳とか20歳とかでも脱落しているのですから。

【35歳以上からプログラマーになった人たちの動画】

僕はこうして今フィンランドに住んでいながらも日本のニュースは見てますし、大学でITを勉強するようになってからはIT系のYouTuberもフォローするようになりました。個人的にお気に入りのYouTuberさんが何名かいらっしゃるのですが、その中に

アップスターツ

というチャンネルを運営している方がいらっしゃいます。このチャンネルは

ぱみやすさん
Sベンさん

の2名が共同で運営しており、主にIT関連の情報発信をしています。
ゆっくり、そしてはっきりとした話し方で、多くの動画が3‐5分ぐらいと短くまとまっているのに、情報量は充分あってとても見やすいです。

そんなアップスターツさんの動画でこんなものを見つけました。

35歳以上からプログラミングを習得したプログラマーを5人紹介!

というものです。

動画を見ればわかる通り、紹介される人の年齢がだんだん上がっていくのですが、最後はなんと、60歳からパソコンを勉強し始め、81歳でアプリ開発を成し遂げた

若宮正子さん

という日本人女性です。

何歳からでも新しい事を学習する事は可能なのだという、見事なまでの生きたお手本ですね!

脳科学的には学習は何歳からでも遅くない

僕は最近、以前スウェーデンに旅行に行った時に買っておいた

HJÄRNSTARK


という本(スウェーデン語)を読んでいます。

これは脳科学に関する本で、脳に関する通説を覆すようなエピソードや研究結果が多数紹介されています。例えば、

「人間は脳の10%しか使えていない」という説は嘘

だそうですし、

「人間の脳は一定の年齢を過ぎると衰える一方」というのも嘘で、実際には

「脳は絶えず変化し続けており、この変化は死ぬまで続く」

そうです。つまり、歳を取ってからでも努力を続ければ脳の働きは向上させられるという事です。

他にもインパクトの強いやつだと、

「言語機能や論理的思考をつかさどる左脳がない人」

とかも出てきます。

Michelle Mackという人なのですが、この人、文字通り「左脳が欠けた状態」にもかかわらず、しっかりと言葉を喋ったり論理的思考もできます。左脳がなければできないはずの事を、なぜ右脳しかない人ができるのかというと、時間をかけて右脳が左脳の機能もカバーするように発達していったからだそうです。その分、右脳本来の能力がやや失われ、普通の人よりも感情のコントロールや空間認知に少し苦労するようですが、普通の人と同じように仕事をしていますし、30代後半からでもさらに脳機能を向上させ続けているそうです。

こうしてみると、脳は僕たちの想像をはるかに上回る柔軟性や対応力を持っている事がわかりますね。勝手な思い込みで「〇〇歳から××は無理」と決めつける事はないと思います。

【でも就職活動では年齢で不利になる可能性も?】

さて、ここまでで、

「プログラミング学習は何歳からでも遅くない」

というのが見えてきました。

しかし、では高年齢でも実際にプログラマーとして若い人と同じように就職できるかというと、少なくとも日本ではそうはいかないでしょう。就職活動には事実上の年齢制限がある場合が多いからです。

僕は日本では高校の英語科教員として働き始めたのですが、僕が教員採用試験を受けた所ではたしか応募資格は45歳までという明確な年齢制限がありました。これと同じように、民間企業の求人でも「〇〇歳まで」とはっきりと書かれている事もあるでしょうし、表向きには「年齢不問」とか書いておきながら、実際には一定以上の年齢の応募者を門前払いしている事だってありうるでしょう。

でも、今の時代、会社に正社員として雇われる以外にも働き方はあります。特にプログラミング関連のスキルがあれば、1つの会社に属し続けてそこでずっと仕事をするのではなく、「案件単位」で仕事を受注して働くというスタイルも可能です。

プログラミング学習においては、

「パズルを解くみたいな思考能力」

はもちろん重要ですが、それ以上に重要だと言われているのが

「ググる力」、

つまり

「わからない事があっても諦めずに自分で上手に情報収集をして問題解決をする能力」

です。

高年齢の人はたしかに若者と比べれば、正社員としての就職のハードルが上がってしまう可能性があるでしょうが、そこですぐに諦めるのではなく、

「だったらどうするのか?」
「他に何か手はないのか?」

を考え、せっせと情報を集め、それに沿って戦略を練るのが大事になってくると思います。実際僕だって、何で人口たかだか3万人のオーランド諸島なんていう珍しい場所に行きついたかというと、

「EU国籍を持たない人間でも無料で教育を受けられる方法はないだろうか?」

というのを考え、諦めずに情報収集を粘り強く続けた結果そうなったのです。

(詳細は下記参照)

なので話は戻って、プログラミングで調べものができる人は、それ以外の事においても調べものができるでしょうから、本当に力がある人なら大丈夫なのでは?というのが率直な意見です。

【基本的には「何事も遅すぎる事はない」】

僕の人生のモットーは、

Nothing is too late(何事も遅すぎる事はない)

です。

僕は今この記事を書いている時点で30歳なので、40代や50代、あるいはそれ以上の人の感覚は直接は知りませんが、少なくとも

「昔できたはずの事が(少なくとも同じやり方では)できない」

という感覚は既に何度も味わっていますので、ある程度は理解しているつもりです。

例えば、僕は昔将棋をやっていたのですが、10代で現役の頃は1日に4局ぐらい指して、その4局の指し手を初手から全てを覚えていて、後で家に帰ってからノートに一手一手順番に全てを記録するという事もできていました。

(ちなみにこれは将棋界では全然珍しくなく、もっと覚えている人は1か月分でも1年分でもそれ以上でも全て覚えてたりします。一流プロ棋士のレベルだと、とある局面をパッと見ただけで、「あぁ、これは2005年9月9日に△△のトーナメント準決勝で〇〇さんと当たった時の局面ですね」とかすぐに思い出します)

あの頃は、ただ「やろう」と思えばそれだけで本当にできていました。
若いから、「とにかくやればできる」という、何の工夫もない力任せな方法が通用していたのです。

今となっては、僕にはあの頃のような記憶力や吸収力はもうありません。物事をすぐに覚えたくても覚えられない。

でもすぐに覚えられないなら覚えられないなりに、それはそれで別のやり方があるはずです。記憶力や理解力が低下していたとしても、それでも学習するためにはどうしたらいいか?それを考えて何とかするのが、「年の功」というやつではないでしょうか。

少なくとも僕はもう30歳の時点で

「力任せな努力はもう通用しない」

とは悟っていますが、だからといってそれは

「歳を取ったんだからできないに決まってるし、もう努力しても無駄」

という事とは全くの別物だと考えています。

「もう歳なんだから」

というセリフは、他人に何かを諦めさせるだけではなく、自分が努力を続けなくてもいいようにするための言い訳としても使われてはいないでしょうか?

この記事ではプログラミングと年齢について主に書きましたが、これはプログラミングに限らず、学習活動全てに通じる事だと思います。

僕は今の年齢からして老後はまだまだ先の話ですが、老後が充実するかどうかは、自分がどんな分野で生きているかにかかわらず、

「日々努力を続け」、
「だけど同じ事をただ何も考えずに続けるのではなく」、
「試行錯誤と反省を繰り返し」、
「改善をし続ける」

というサイクルを続けられるかどうかにかかっていると、今の時点で既に確信しています。