多言語話者は本当にすごいの?意外とそうでもない理由を解説します

テレビやYoutubeで語学系のテーマになると、たまに5か国語とか10か国語とかそれ以上の数の言語を使いこなす人が登場する事がありますね。複数言語を扱える人は「多言語話者」とか「マルチリンガル」とか「ポリグロット」などと呼ばれており、一般的には「頭の中がなんかスゴイ事になってる人」みたいなイメージを持たれているのではないでしょうか。

ですが今回の記事では、「いや、実はそんなにスゴイ事ではないんですよ。」というメッセージとその根拠を伝えたいと思っています。

ちなみに、「何か国語以上喋れるとポリグロットというのか」に関しては僕もちょっと調べてみたのですが、「4か国語からだ」とか「6か国語からだ」とかページによって意見がバラついてる感があります。「バイリンガル」や「トリリンガル」という言葉は一般的に認知されていますが、4か国語話者の「クワドリンガル」という呼び方はあんま聞いた事ないですし、とりあえずここでは「少なくとも4か国語以上喋れる人」ぐらいのイメージでいいんじゃないかと思います。

さて、「多言語話者」「マルチリンガル」「ポリグロット」の定義もゆる~く決まった所で、以下より本題に入っていきましょう。



ポリグロットがすごくない理由1:「喋れる」の基準が低すぎる

Youtuberや本の著者の中には自称「10か国語話者」とか「50か国語話者」とかがいますが、その内訳を見てみると「え、これで『喋れる』にカウントしちゃうの??」と唖然としてしまうものが結構あります。中でも特に酷いものだと、例えばタイ語で「こんにちは」と「ありがとう」と言っただけでタイ語も「喋れる言語」としてカウントするってのもあったり。ちなみに、こんなのを「喋れる」というのなら僕だって「タイ語喋れる」事になります。以前タイに旅行に行った時にタイ語のフレーズいくつか覚えたので。

このタイ語の例ほど酷くなくても、「喋れる」の基準が低すぎる例としては、『ヨーロッパ言語共通参照枠』でA2やB1のレベルでも「喋れる」と言い張ってるみたいなのですね。この枠組みだと語学のレベルにはA1, A2, B1, B2, C1, C2の6つがあるのですが、英語でいうとB2が英検準1級保持者の英会話力、C1が英検1級以上、C2はネイティブとほぼ同等ぐらいな感じです。一般的に「喋れる」というと、僕のイメージでは英検準1級相当のB2からだと思うのですが、皆さんはどう思われますか。英検3級とか準2級とかのレベルで「私、英語喋れます!」とか言ってたら違和感ないですか?

僕はこの記事を書いている2020年末の時点では、使いこなせる言語は以下のようになります。

日本語:ネイティブ
英語:英語圏の大学の授業を特に苦もなく理解できる(C1とC2の間ぐらい)
スウェーデン語:スウェーデン語圏の大学で単位ひと通り取得済みだけど、結構苦労した(一応C1ぐらい)
フィンランド語:フィンランド人相手にフィンランド語のみで1時間以上会話できる(B2)

上の記述を見てもわかるように、僕の「喋れる言語」の中では一番レベルの低いフィンランド語でも「ネイティブ相手にその言語のみで1時間会話を続けられる」が最低基準となっており、それ以下のものは切り捨ててあります。

でも水増しすれば僕だって例えば「6か国語喋れる」とか「14か国語喋れる」とか言い張る事だってできるんですよ。スウェーデン語とノルウェー語は相互に理解可能なほどに似ているので僕は「ノルウェー語もできる」とも言えるし、韓国語でも「道案内をお願いする」とかの「はじめてのおつかい」レベルの事であればできるからこれもカウントすれば、はいこれで6か国語。「何か単語やフレーズをちょっと知ってる」程度でよいのなら、ここに更に中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語、タイ語、インドネシア語が追加されるから、これで14か国語です。

「喋れる」の最低ラインをきっちり決めないとこういう事になるんですよね。


ポリグロットがすごくない理由2:似通った言語ばかりで固めている

多言語話者のネタは時折TEDトークとかにも出てきまして、そこにも「9か国語話者」が登壇したりしています。この人の9か国語のレベルの内訳は次の通り。

スロバキア語:ネイティブ
英語:C2
ドイツ語:C1-C2
ポーランド語:C1-C2
スペイン語:C1
フランス語:B2
エスペラント語:B2
ロシア語:B2
スワヒリ語:A1

そしてこの中でスロバキア語とポーランド語とロシア語は同じ「スラブ系」の言語であり、英語とドイツ語は同じ「ゲルマン系」。フランス語とスペイン語は「ロマンス諸語」に属します。ちなみに「スラブ系」と「ゲルマン系」と「ロマンス諸語」はもう少し大きな枠組みで見れば全て「インド・ヨーロッパ語族」という同じ語族に属するものであり、エスペラント語は後から人工的に作られた言語とはいえこのインド・ヨーロッパ語族の言語の影響を非常に強く受けているため、インド・ヨーロッパ語族に分類されるという見方もあります。

この人は9か国語の内8か国語はB2以上のレベルではありますが、全て同じ「インド・ヨーロッパ語族」という親戚のような言語で固めていますし、残り1つのスワヒリ語に関してはA1レベルなので、「喋れる」とカウントできるようなものではありません。だってこれ、英語でいうと英検3級あるかどうかってとこですよ。

言語学習の時に似通った言語ばかりで固めるというのは、スポーツでいうと

「バレーボールの選手がビーチバレーに転向する」
「モンゴル相撲出身のモンゴル人が日本で大相撲デビューする」

みたいなもんです。そりゃ各競技で違いは多少ありますが、少なくとも

「バレーボールの選手が相撲に転向する」
「モンゴル相撲の力士がビーチバレーに転向する」

のと比べれば圧倒的に簡単である事は一目瞭然でしょう。

だから僕は例えば「ドイツ語・オランダ語・スウェーデン語・英語みたいに全てゲルマン系言語で固めている4か国語話者(つまり簡単なチャレンジしかしてない人)」よりも、「自分の母語とは全く異なる日本語や韓国語や中国語などをどれか1つでも上級レベルまで上達させたヨーロッパ人(難しいチャレンジを成功させた人)」の方がよっぽどスゴイと思っています。だって「似通った系統の言語で固めてる人」って全然「コンフォートゾーン」から出ていないですからね。


ポリグロットがすごくない理由3:幼少期に多言語環境で育っている

4か国語とか5か国語喋れる人の中には幼少期に既にバイリンガルやトリリンガルだったという人も少なからずいます。例えば、僕の在籍してるオーランド大学にもトルコ語、クルド語、スウェーデン語、英語の4か国語を喋れる人がいましたが、彼は言語の吸収力の非常に高い子供の頃に英語意外の3言語を既に習得しており、後から勉強して覚えたのは英語だけです。

まあ多言語環境での子育てでは母語が1か国語たりとも確立せず、どれも中途半端になってしまう「セミリンガル」のリスクがないわけではないですが、どれもバランスよく伸びる場合はそれはあくまで親御さんがそういう環境を整えてくれたおかげであって、別に本人の努力の賜物ではない。そういう環境で育ったんだったらそうなって当たり前ですよねっていう話。

実際、例えば日本で育った在日韓国人とか中国人が日本語をネイティブ言語としてペラペラ喋ってるのは誰もスゴイと言ってくれないでしょう?だって「そういう環境で育ったんなら日本語喋れて当たり前」だからです。


ポリグロットがすごくない理由4:1科目100点より5教科80点ずつのが効率がいい

複数の言語を上達させるのって、学校の勉強で複数の科目でバランスよく点数を取るのと似てると僕は思います。例えば、英語は95点で国語は90点取れてるけど数学と理科と社会はそれぞれ40点、40点、50点な人がいたとすると、100点にこだわって英語や国語ばかり勉強するのってあんまり意味がないんですよね。だって達成できたとしてもMAXでトータルでプラス15点にしかならないじゃないですか。

そんな事するより、英語や国語は既に95点と90点取れてるんだからそのままキープでよくて、点数が低めな数学と理科と社会でそれぞれ30点ずつ伸ばすようにする。そうすりゃ合計点は90点も伸びる。どっちのがお得か、どっちのが効率がよいかは言うまでもないですよね。そして難易度で見ても、既に高得点が取れているもので100点満点を目指すよりも現在点数が低いものをそれなりの点数に引き上げる方が簡単なはず。

これが僕が語学学習で英語の上達一本にこだわらない大きな理由の1つです。これ以上英語ばかり頑張ったってしょうがないもん。そりゃIELTSで9.0とかTOEFL iBTで120点満点とかそれに近い高得点は取った事ないですけど、目指す理由がない。例えばハーバード大学に入学してジャーナリズムを専攻して卒業後はアメリカで政治ジャーナリストになりたいとか、そういうのでもなければこんな英語のテストの点数が求められるなんて事はないですから。実際今年も去年も100%英語環境のハッカソン(プログラミングの大会)に参加したりしてきたけど、英語の事で困ったことなんて一度もなかったし、今の所これ以上英語を伸ばす必要性を感じない。必要性が出てきたらやろうかなって感じ。

北欧移住を目指してた僕には英語よりも他にやるべき事がたくさんありました。僕のケースでは北欧言語の習得はまさにそれで、非EU市民である僕はスウェーデン語をそれなりのレベルにしておいたからこそ「英語じゃなくて現地語で授業受けるなら外国人でも大学の学費無料でいいですよ」という門戸が開いたわけだし、英語力1つを伸ばす事ばかりにこだわってたらこれは絶対に実現不可能だった。

多言語学習って学校で5教科全部伸ばすのと基本的には同じなんです。全部で95点超えをする必要はない。全科目で80点ぐらい取れればそれなりに高い評価もらえるでしょ。1つ違いがあるとしたら、学校の教科は複数並行で学習できるけど、言語は1つの時期につき1つの言語に集中した方がいいって事ぐらいですかね。僕の場合も、最初は英語を勉強し、ある程度のレベルまできたらスウェーデン語に手をつけ、スウェーデン語もそこそこのトコまできたらその勉強時間をフィンランド語に回すって感じでやってきました。


結論:「純粋に『優秀さ』のみでポリグロットになった人」はかなり少ない

この記事を読むまでは、「ポリグロット」とか「多言語話者」と聞くと「頭が良くて優秀なために5か国語とか10か国語全てがペラペラな人」みたいなイメージを持っていた人も少なからずいたかもしれませんが、実際にはほとんどのケースではそうではないという事がおわかりいただけたのではないでしょうか。

・幼少期に多言語環境で育ったわけでもなく
・似通った言語ばかりで固めているわけでもなく
・全ての言語で上級者レベルの習得度

という条件にすると、かなりの人数が当てはまらなくなってしまいます。

かといって、条件を緩くすれば極端な話僕でも「6か国語とか14か国語喋れる」と言い張る事は可能なので、「ポリグロット」と名乗る人(あるいはそう呼ばれている人)を見かけたら、少なくともその人の「幼少期の言語環境」と「各言語の習得レベル」と「各言語がどれだけ似ているか」をチェックする事で、その人が本当にどれだけスゴイかがわかると思われます。

とはいえ、ごく一部には本当にレベルの高い多言語話者がいるのは事実で、例えば10代で数学オリンピックの金メダリストになったピーター・フランクルは12か国語(系統が全く異なる言語を複数含む)で大学の授業レベルに到達していますし、サヴァン症候群でアイスランド語を1週間で覚えたダニエル・タメットという人もいますし、その他40か国語以上を高いレベルで使いこなす「ハイパーポリグロット」と呼ばれる人たちも存在するようです。

ですがさすがにこれは生まれ持ったものによるものが大きいと思うので、別に目指す必要もないですね。現実的な路線としては、4~5か国語ぐらいなら「普通の人」でも言語の組み合わせによっては後天的に学んで上達させる事はできるんじゃないかと思います。

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