Page 50:語学において有言実行は無意味?不言実行のススメ

海外(フィンランド)に住んでいて、そういえば日本ではよく聞いていたのにこっちでは全然耳にしなくなったな~と思う事があります。それは

「有言実行」

というものの考え方です。

有言実行とは、読んで字のごとく、「これから自分がやる事を宣言し、実際にその通りに行動する」という事です。有言実行では「実現が簡単ではない事をわざわざ人前で宣言する」事が多く、簡単ではないからこそ実際に成功した時に周りの人々から大きな評価をもらえやすいのでしょう。

僕の個人的な感覚では、日本の社会に「有言実行こそがカッコイイ」みたいな雰囲気が漂い始めたのは2004年のアテネオリンピックと2008年の北京オリンピックのあたりからだと思っています。当時は、競泳(平泳ぎ)の北島康介選手が「金メダルを獲る」と宣言し、実際に2大会連続で100mと200mの両方で金メダルを獲得しました。このあたりからテレビなどで「有言実行!有言実行!!」とよく聞くようになった気がするんですね。北島選手に限らず、サッカーの本田圭佑選手も「セリエAで10番を背負う」と前々から宣言していましたし、バラエティ番組の体育会系の企画でも芸能人がいろいろと自分のやる事を高らかに宣言する事が増えたように思えます。

そこで今回の記事では、有言実行の意義について考え、それが語学にも当てはまるのかどうかも見ていきたいと思います。

 

《コンテンツ》
・有言実行の効用
・「あの大物」はどうしているのか?
・語学における有言実行の弊害
・まとめ

 

【有言実行の効用】

有言実行の効用はいくつかありますが、その1つに「退路を断つ」というのがあります。これは自分がこれからやる事を公に宣言してしまう事で、できなかった時に言い訳をできなくする、というものです。できなかったら批判の嵐に遭う事が目に見えているのだから、とにかく何が何でも目標達成に向けてガムシャラに頑張るしかなくなる、というわけですね。

そしてもう1つ、目標を宣言する事で「ゴールが明確になる」という効果もあります。例えば競泳や陸上競技やスピードスケートなどの「記録追求型」の競技においては、その年によって多少上下はするものの、

「オリンピックではこれぐらいの記録を出せば金メダルが狙えて、このくらいの記録なら金メダルとまではいかなくても、少なくとも銀や銅メダル争いぐらいには絡める」

というような、「メダルのボーダーライン」と言われる、いわゆる「目安の記録」があるのです。

なので、「オリンピックで金メダルを獲る」という目的を立てたなら、次には

→最低でも〇〇という記録を出す必要がある
→今の自分の記録は△△で、金メダルを狙える記録とは××の差がある
→その差を埋めるためには、★★の能力を高める必要がある
→★★の能力を高めるには、☆☆の練習が必要である
→今やるべき事…☆☆の練習である

という具合に、ゴールの一段階前には何をすべきか、そのさらに一段階前には何をすべきかを考え、それによって現時点で何をすべきかが見えてきやすくなる事もあるのです。

 

【「あの大物」はどうしているのか?】

たしかに北島康介選手は有言実行型でオリンピック2大会連続で2冠という大記録を達成しましたが、ではだからといって有言実行でなければ大きな目標は達成できないのかというと、必ずしもそうでもないようです。

北島康介選手は2種目でオリンピック2連覇を果たした「レジェンド」ですが、競泳界にはそれをさらに上回る選手も存在します。それはアメリカのマイケル・フェルプス選手です(バタフライや個人メドレーを得意とする選手なので、平泳ぎの北島選手とは種目がカブっていない)。彼は

2004年のアテネオリンピックでは6冠
2008年の北京オリンピックでは8冠
2012年のロンドンオリンピックでは4冠
2016年のリオデジャネイロオリンピックでは5冠

と、実に23個の金メダルを獲得しています。これは水泳界のみならず全競技におけるオリンピック歴代1位の金メダル獲得数記録であり、「最も成功したオリンピック選手」とも評価されています。

そんなマイケル・フェルプス選手、自伝である『No Limits』という本を出しており、その中にはこのように記されています。

”People who talk about what they’re going to do, nine times out of ten don’t back it up. It’s always better, and a whole lot smarter, not to say anything, to simply let the swimming do the talking”
(これからやろうとする事を宣言する人々のほとんどはその通りにならない。ただ何も言わず、実際に泳ぎで自分の努力の成果を見せてやる方がよっぽどいいし、よっぽど賢い。)
(『No Limits』P61より)

さらには、上記のセリフが書かれたページの次のページでは、

Actions speak louder than words
(あれこれ口先で言うより、直接行動で示した方が意味がある)

とも書いています。

有言実行、完全否定。

つまる所、有言実行で成功する人は成功するし、失敗する人は失敗する。不言実行でも、成功する人は成功するし、失敗する人は失敗する、という事なのですね。

 

【語学における有言実行の弊害】

ではこの有言実行という考え方、語学においてはどうなのでしょうか?結論から言うと、僕は語学においては有言実行はあまり意味がない事が多いと思います。

まず第一に、語学の目標設定ってスポーツと比べていい加減になりやすいんですよね。アスリートの場合、「世界一になりたい!」と考えている人であれば目標はほぼみんな同じです。オリンピックで金メダル、もしくはオリンピック種目ではない場合、世界選手権やそれに相当する試合で優勝する事が目標として設定されるでしょう。目標がクリアだから、それに向けて何をやるべきのかは見えやすいです。(←実際にそれができるかどうかは別として)

それに対して語学の場合、目標設定の時点でいい加減になりやすい。もっと言うと、「本当に思い描いている理想」と「実際の目標設定」の間に矛盾が生じやすい。

例えば、「ネイティブ並みに英語を使いこなせるようになりたい」と言っているのに、そのための目標設定が「TOEIC900点超え!」とかだったりする人です。こんな事を書くとTOEICでメシを食っている人に怒られるかもしれませんが、TOEICって本当にいい加減なテストで、あれで高い点数を取っていても「高い英語力」の証明には全くならないんですよね。900点超えどころか、満点に近い980点とかを取っていても実践ではほとんど使いものにならない人だっていますし。逆に800点ちょっと超えたぐらいや、場合によっては700点台でも実践で特に困らない人もいます。

他にも、語学学習の場合、「目標」だけではなく「学習方法」まで宣言してしまう場合もあります。例えば、「いついつまでに、英検1級を取る!そのために、〇〇のテキストの音読を100回やる!音読100回終わるまで他のテキストには手をつけない!」みたいなやつです。

これの何が問題なのかというと、その学習方法が実はあまり意味がないやり方だったと途中で気づいてしまった時に止めるに止めれなくなる、という事です。語学にはいろんな勉強法があり、自分の現状に合わない勉強法をいくらやっても上達しません。自分が今やっている勉強法に効果がない事に気づいたらその時点で他の勉強法に切り替えるべきなのに、「宣言してしまった手前やめられない」なんて理由でいつまでもその勉強法を続け、その結果時間を無駄にしてしまうようでは本末転倒です。

(ちなみに僕は個人的には音読はあまり意味がないと思ってます。書いてある文を見て声に出して読むのと、実際の会話で何も見ずに頭で文章を組み立てて喋るのは別物だからです。実際、僕はスウェーデン語でもフィンランド語でも日本で勉強していた時からずっと音読はやっていませんが、ちゃんと上達しています。)

 

【まとめ】

有言実行は意味はなくはないですが、語学などにおいては少し相性が悪い場合が多いように思えます。なぜなら、これからやる事(人によっては勉強のやり方までも)を宣言してしまうと、状況に応じて勉強のやり方を変えるという

「柔軟性」

が失われてしまいやすいからです。

それに、勉強を続けるための強いモチベーションが本当にあるのなら、別にわざわざ公の場で宣言する必要もないのではないかなとも思います。ただ、

「そんな事言ったって、モチベーションって保つのが難しいんだよ!」

と思っている方もいらっしゃるかと思いますので、また後日

「語学におけるモチベーション維持の方法」

に関する記事も書こうかなと思います。
お楽しみに~。

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