吉田さんの体験談

私はオーストラリアへの移住のために必要なビザ申請の際の英語テストを数か月後に控えていたころに、シンイチ氏のレッスンを受けておりました。結果から言えば、ギリギリながらも申請条件はクリアすることができ、申請の許可もついこの間得たところです。シンイチ氏のお陰です。

私の場合、こちらオーストラリアでの職場は完全ローカルな建築関係の肉体労働職なのですが、ボス、同僚は白人系オーストラリア人ですし、事務方や普段接するお客さんも全員ネイティブスピーカーなので、まあ大変です。(笑) なにが一番大変って、普段の職場や友人同士での会話と、テストに出てくる文章と、ものすごく違うじゃないですか?(笑) みんな言いませんか?

テストの種類にもよるでしょうが、大抵はアカデミックな質問や例文が羅列していますよね。ネイティブに例題集みせても”I can’t do that”で投げかえされます。(笑)

日本人が日本語検定難しいのと同じ現象ですよね。日常会話や仕事に必要な言葉や言い回しって、かなり砕けた英語であって、テストに出てくる英語とはかなりの開きがあるもんなんですよね。私の場合、これは決して”言い過ぎ”な表現ではなく、すごく根深い問題なんです。というのも、私は中卒のよくいる勉強苦手人種なのです。(笑)

冗談抜きに初めてオーストラリアに来た時はアルファベットAからZまで正しく言えるか怪しい?くらいのレベルでしたから。約7年前くらいですね。(この体験談を書いたのが2018年11月なので、2011年の事)そこからガリ勉しまして、5年前に家族移住の先遣隊としてシドニーで約一年、単身で暮らしたのですが、その時の仕事現場でのオージーネイティブ英語(スラングいっぱい)が私の英語の基礎になってしまっているので、発音や言い回し、スラングのバリエーションなど、生活する分には、コミュニケーションを取り合う分には、なんの申し分もないのですが(現にスポンサーしてもらえましたし)、いざビザの申請条件でテストで「最低限ここら辺は取りなさい!」となった時に全く通用しなかったんですよね。

アカデミックな、というか普通の試験英語がわかんない、絶対的勉強量と理解が足りてない状態、雰囲気で喋ってるでたらめな文章、言い回し等々では試験には通用しないんですよね。当たり前ですけど。

知り合いからの「オーストラリアのビザ申請はPTE(Person Test of English)が受けやすいよ。」との情報から、パソコン相手にするPTEを受けることにしたのですが、シンイチ氏のレッスンを受けながら、同時にアイエルツの問題集(シンイチ氏一押しのやつ)でも試験対策しつつな数か月を過ごし、なんとか最低限をパスしました。

試験対策という意味でもシンイチ氏のレッスンはかなり効いたと思います。さらにシンイチ氏に教わった試験への心構えというか、攻略方法?というよりは考え方ですよね。試験は所詮試験なのだと、しっかり対策して時間をつぎ込んで努力すればできるようになるのだ!という、きっと本人の経験からの確信なんでしょう、レッスンを受けていて一番強く感じたのはその部分。シンイチ氏。口にする言葉は柔らかいですけども、自信をもって、いや、信念をもって教えてくれますよね。外見は松岡修造ほど熱くはないですが、シンイチ氏の内に秘めるものは修造並み、いやそれ以上の情熱を感じましたね。そこが英語に関しては全面的に信頼できるな、と思えました。

もちろん数々の試験テクニックや、ロジカル思考は、学業をおろそかにしてきた私には目から鱗の連続でした。問題ごとに時間配分を決めておくとか、ライティングの構成の仕方なんやかんやと、「かなり高いレベルの人を相手にした方がレッスンしやすいんじゃないの?」とこっちが申し訳なくなってくるほどのバラエティ豊かなテクニックや考え方はすごく助かりましたし、正直にお世辞抜きに勉強になりました。それに、実際に結果も出ました。

そんなワケで大変お世話になりました。

 

 【管理人からのコメント】 

吉田さんは、この少し前の体験談に登場しているAzusaさんとはかなりタイプの違う人です。Azusaさんは英語や英語の勉強そのものが好きであるのに対し、吉田さんはご本人もおっしゃっているようにそもそも勉強は苦手であり、英語の「お勉強」も別に好きではない。英語ネイティブばかりに囲まれたバリバリの英語環境でガンガン働いている今でも、現地の同僚や友達と話す事自体は楽しくても、「英語の勉強は好きですか?楽しいですか?」と問われれば、それに対してはおそらく「NO!」と答えるでしょう(笑)

吉田さんの自己申告では、7年前は「アルファベットAからZまで正しく言えるか怪しい?くらいのレベル」だったそうです。それが現地での生活にそれほど困らないぐらいまでに語学力を向上させ、苦手意識のあったテストもクリアできるようになったのはなぜなのか?

それには「必要性」という要素が非常に大きく関係しているのだと思います。

英語を喋れない日本人のほとんどは、ぶっちゃけて言ってしまえば英語が喋れなくても別にそれほど生活に困りません。近年は日本でも英語の重要性が叫ばれてはいますが、ドライな視点で見てみれば、日本に住んでいる限り日本語だけでできる仕事の方がむしろ圧倒的多数であるし、日本で「英語を使う職場がある」といっても、実際には現在の吉田さんと同じレベルでガンガン英語を使うような環境はそう多くはないでしょう。英語圏の国での語学留学やワーキングホリデーにしたって、日本人ばかりで群がる「日本人村」はそこら中にありますし、自分を甘やかそうと思えば「英語圏に住みながらほぼ日本語オンリーで暮らす」なんていくらでもできますしね。

これは何も日本人の英語に限った事ではなく、世界的に見れば同じような傾向はよく見られます。例えば多くのフィンランド人のスウェーデン語力に関しても同じ事が言えます。名目上はスウェーデン語もフィンランド語と並んでフィンランドの公用語の1つだけど、国民の約95%はフィンランド語を喋るし、フィンランド語と英語が喋れてれば別に困らない。普段全く使わないから、フィンランド人の多くは「スウェーデン語」と聞いただけでまるで「英語」と聞いた時の日本人のように「アワワワ」となる。

つまりどちらのケースでも、実生活において必要性の高くない(あるいは実際には高くても本人が高いと感じていない)能力はなかなか伸びない、という事です。

それに対して吉田さんは自分1人だけでなく一家引き連れてオーストラリアに移住しに来ていますから、「英語の必要性」のレベルが桁違いです。嫌でもやるしかない。オーストラリアでちゃんと現地に溶け込んで生活していくのだと家族で決めて乗り込んできた以上は、英語ができないと正真正銘「生活にかかわるレベル」で困るのです。

実際には、ただこういう厳しい環境に身を置くだけで自動的に英語が喋れるようになるわけではありません。吉田さんのようにうまくいく人もいれば、文字通り「ただ困りに困り果てるだけ」で終わる人もいます。では吉田さんは何が違うのか?

それは吉田さんの「行動力」の一言に尽きるでしょう。オーストラリアへの移住を模索していて、それに必要な準備とあらば、家族の中でも真っ先に自分が名乗りを上げ、1人で先方切り込み隊長として現地に乗り込む。情報の入手などは人任せではなく、自分で現場へ赴き、足で稼ぐ。「それが現地での生活につながるのなら」と、貪欲に英語を勉強し、現地人たちと積極的にかかわって仲良くなり、仕事をゲットし、ネットワークを築く。そして、この1年間で築き上げた基盤が、そのしばらく後に家族全員でオーストラリアに渡った時に活きてきます。実際、つい2か月前(2018年9月)とかには念願の長期ビザが下りてますしね。

こういう行動力のある人は、レッスンをする側としては非常に楽です。「ここをこうするといいですよ」とアドバイスをし、「あ、そうなんですね」と、それが必要な事だと認識したら、即実行。「えぇ~、でもぉ~」とかモジモジするような所が一切ない。必要な事は即実行。「こうなったらいいのになぁ~」などと空想の中だけでボヤくほどの暇があったら、即実行。

結果論かもしれませんが、移住のビザの申請のために必要だった英語のテストがクリアできたのも、ビザが下りたのも、この類まれなる行動力あってこそのものでしょう。一緒にオーストラリアに来た奥さんやお子さんたちも、決して楽な道のりではなかったことでしょうが、お互いを信じあって頑張り続けられたからこそ、こうして大きな成果が後からついてきたのだと思います。

ちなみに僕は元高校の教員で、大学の教職課程で勉強していた時によく「これからは、変化の激しい時代の中でも逞しく生きていけるように、子供たちに『生きる力』を身につけさせる必要がある」と言われていたものですが、この吉田さんの歩んできた人生こそ「生きる力」そのものな感じもしますね。

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